都会の喧騒を忘れる「海に浮かぶ森」有明・旧防波堤とは
SNSや口コミで「都会の真ん中に不思議な無人島がある」と話題にのぼる場所があります。有明のビル群を背景に、東雲運河の穏やかな水面に浮かぶ細長い緑の帯。それが「有明の旧防波堤」、近年ではその豊かな生態系から「鳥の島」という愛称で親しまれているスポットです。
あなたは、ふとした瞬間にゆりかもめの車窓から、あるいは対岸の公園から、あの木々が鬱蒼と茂る不思議な構造物を見つめ、「あそこにはどんな生き物がいるのだろう」「どうすれば行けるのだろう」と興味を抱いたことはありませんか。
実はこの場所、現在は立ち入りが厳しく制限された「聖域」となっています。しかし、だからこそ人の干渉を受けない野鳥たちの楽園として、驚くほど多様な生命が息づいているのです。本記事では、歴史の遺構がどのようにして「海に浮かぶ森」へと変貌を遂げたのか、そして私たちがその豊かな自然をどのように楽しむべきか、その具体的な方法を詳しく解説します。
100年の歴史が育んだ生態系|旧防波堤の由来と役割
有明の旧防波堤は、単なる自然の島ではありません。100年近い歴史を持つ、東京港の重要な土木構造物です。その成り立ちを知ることで、この場所が持つ重みがより深く理解できるはずです。
この構造物は、1926年(大正15年/昭和元年)に「隅田川口改良工事」の一環として着工されました。当時は現在のような大規模な埋め立てが進んでおらず、一帯は広い海でした。押し寄せる波から航路や船舶、そして貯木場を守るために、強固な防波堤が必要とされたのです。
旧防波堤の工事は1926年に始まり、30年までに第6号埋立地(現在の東雲一丁目)から第3台場(現在の台場公園)までの約2300m(東雲運河上の構造物)が建造されました。当時、今のように埋め立てが進んでおらず、一帯は基本的に海。第3期「隅田川口改良工事」の一環で、航路や船舶の停泊場所、埠頭などを波から守るための建造物でした。残りの約650m(鳥の島)の工事は1938年に終わりました。
出典:withnews.jp
完成から長い年月が経過し、防波堤としての本来の役割を終えた後も、この構造物はその場に留まり続けました。やがて風や鳥が運んだ種が芽吹き、コンクリートの隙間に根を張り、現在の「海に浮かぶ森」へと姿を変えたのです。
現在の旧防波堤は「海に浮かぶ森」ですね。「旧防波堤の森」あるいは「旧防の森」と呼んでも違和感はないとおもいます。
出典:豊洲ノート
現在では、この森は都市部における貴重な生態系の拠点として、非常に重要な役割を担っています。
出会える野鳥たち|20種類以上の多様な生態系
旧防波堤が「鳥の島」と呼ばれる最大の理由は、その圧倒的な野鳥の数と種類にあります。人の立ち入りが禁止されているため、野鳥たちにとっては天敵や人間の干渉から守られた、都会の「シェルター」となっているのです。
一般社団法人お台場海づくり協議会では、2015年から継続的にこのエリアの鳥類モニタリング調査を実施しており、その結果、驚くほど多くの種類が確認されています。
「鳥類モニタリング調査」とは、お台場海浜公園内防波堤内にて鳥類を調べることによって、どんな鳥がこの2島にいるのかを平成27年から年4回毎年調査を実施しています。
具体的にどのような鳥たちが、この「聖域」を利用しているのでしょうか。調査で確認された主な種類を以下の表にまとめました。
| 分類 | 主な確認種 |
|---|---|
| 猛禽類 | オオタカ、ハヤブサ、ミサゴ、ノスリ、チョウゲンボウ、ハイタカ |
| 水辺の鳥 | カワセミ、アオサギ、コサギ、カワウ、ウミネコ、スズカモ、オオバン、カンムリカイツブリ、コアジサシ、イソシギ |
| 小鳥・その他 | シジュウカラ、メジロ、ツグミ、アオジ、ヒヨドリ、スズメ、コムクドリ |
観測された主な鳥類 オオタカ オオバン ノスリ カンムリカイツブリ アオサギ ミサゴ シジュウカラ アオサギ コアジサシ ハヤブサ イシソギ カワセミ スズメ メジロ カワウ ウミネコ スズカモ コムクドリ コサギ(幼鳥) チョウゲンボウ ハイタカ ツグミ アオジ ヒヨドリ
都会では珍しいオオタカやハヤブサといった猛禽類から、美しい青色が特徴のカワセミまで、これほど多くの鳥たちが有明のすぐそばで暮らしている事実は、私たちの知的好奇心を大いに刺激してくれます。
どこから見る?旧防波堤の野鳥観察・撮影ポイント
「鳥の島」の魅力を知ると、今すぐにでも上陸したくなるかもしれません。しかし、残念ながら旧防波堤は現在、一般の立ち入りが厳しく禁止されています。
ちなみに「旧防波堤部分には、施設等がないため、いわゆる住居表示(住所)は設定されておりません」と同局の担当者は話します。また、現在は立入禁止ということでした。
出典:withnews.jp
では、私たちはどのようにして野鳥観察を楽しめばよいのでしょうか。おすすめは、対岸の公園からの「遠距離観察」です。
1. 豊洲ぐるり公園
東雲運河を挟んで北側に位置するこの公園は、旧防波堤を横から眺めるのに最適なスポットです。視界が開けており、水面を泳ぐ水鳥や、森の木々に止まる猛禽類を探すのに適しています。
2. 有明親水海浜公園
旧防波堤の南側に位置し、より間近にその姿を捉えることができます。特に望遠レンズを用いた写真撮影を楽しみたい方には、こちら側からのアプローチがおすすめです。
3. ゆりかもめの車窓
移動中であっても、有明駅からお台場海浜公園駅の間で、旧防波堤の全景を上から見下ろすことができます。一瞬の出会いですが、森の広がりを最も実感できる視点です。
【観察のコツと必要な機材】
旧防波堤までは距離があるため、肉眼では鳥の細かな表情までは見えません。以下の機材を準備することで、体験の質が飛躍的に向上します。
- 双眼鏡(8倍〜10倍程度): 鳥の動きを追うのに必須です。
- 望遠レンズ付きカメラ: 撮影を目的とするなら、300mm以上の焦点距離があると望ましいでしょう。
聖域を守るためのマナー|立ち入り禁止区域への配慮
有明の旧防波堤がこれほど豊かな自然を維持できているのは、皮肉にも「人間が立ち入れない」という制約があるからです。私たちがこの景色を長く楽しむためには、守るべき重要なマナーがあります。
- 絶対に上陸しない: 旧防波堤は管理上の理由だけでなく、野鳥の繁殖地を守るためにも立ち入りが禁止されています。ボートなどで近づきすぎることも、鳥たちにストレスを与えるため控えましょう。
- 静かに見守る: 対岸から観察する際も、大声を出したり、石を投げたりする行為は厳禁です。彼らの日常を少しだけ覗かせてもらう、という謙虚な気持ちが大切です。
- ゴミは必ず持ち帰る: 運河の環境を守ることは、巡り巡って野鳥たちの餌場を守ることにつながります。
生態系の形成地として、樹木や水鳥の繁殖地、そしてオリ・パラ会場周辺の景観になくてはならない場所になっています。
出典:豊洲ノート
この「聖域」を壊さないこと。それが、都市で自然を楽しむ私たちに課せられた、最も大切なルールです。
都市と自然の調和を五感で楽しむ、特別な探鳥体験を
有明の旧防波堤(鳥の島)は、100年の歴史が偶然と必然によって生み出した、都会の奇跡のような場所です。かつて船舶を波から守ったコンクリートの壁は、今や多様な生命を育む「命の防波堤」へと進化しました。
週末、少しだけ日常の喧騒を離れたくなったら、双眼鏡をバッグに入れて有明の対岸公園へ足を運んでみてください。そこには、高層ビル群のすぐそばで力強く生きる野鳥たちの、ありのままの姿があります。
歴史が育んだ深い緑と、そこに集う鳥たちの歌声。あなたもこの「海に浮かぶ森」で、心安らぐ豊かな時間を過ごしてみませんか。